写真家になる

受話器から流れる声は低音で、彼女から発する言葉はあまりに残酷だった。こっちの一方的な思い上がりだったのかもしれないけれど特に嫌いにもなれず、沈黙に耐える。沈黙が嫌で何か言葉にしたり笑ったりするけれど、本当に伝えたいことは言葉に変換することは困難で、もはやそうできない核が心という存在であって、無駄に単語を並べ元気なふりを装う。涙を堪えて、わざと明るく振る舞い本心とは裏腹な態度で接すれば「優しいね」なんて聞きたくもないこと言われるけど、そんな言葉じゃ心の穴は塞がらず、手持ち無沙汰で煙草に火をつける。夜の暗闇は優しいけれど執拗にまとわりつく湿気と現実が気だるさを促進し、信じられない結末は意識の底へと堕ちてゆく。大切なことを知り始めたはずなのに、大切なことは簡単に崩れ去る運命にあるんだ。あの時抱いた感情は正真正銘本物だけど食い違っては何もならないんだ。こんなとき深い煙に紛れたら駄目だから俺は写真家になる。もうぼろぼろになるまで写真を撮ってやる。迷いはない。これは俺に課せられた試練なんだ。もう長い間恋はしたくない。